X線マイクロカロリメータXRS

−X線天文学の未来を切り拓く分光技術の最前線−

 

本記事はJAXA宇宙科学研究本部のISASニュース2008年3月号に掲載されました。


はじめに


すざく衛星に搭載されたXRS(X-Ray Spectrometer)は、X線マイクロカロリメータ(X線微少熱量計)と呼ばれるセンサを用いたX線分光装置です。日米国際協力によって開発が進められました。その特長は分光能力、つまり「X線のエネルギー(波長)を見分ける能力」が非常に優れていることです。XIS(X線CCDカメラ)のようなシリコン半導体を用いたセンサと比べて20倍以上、チャンドラ衛星やニュートン衛星に搭載されている回折格子を利用した分光装置にも負けない分光性能を持っています。XRSで観測を行なえば従来は一本に見えていた輝線の細かな構造を分離することができ、X線天体の温度、密度、元素組成や運動の様子をこれまでとは質的に異なる精度で求めることが可能になります。それゆえにX線天文学の新時代を切り拓く観測装置として世界中の天文学者から期待されていました。残念ながら不具合があって天体観測を行なうことはできませんでしたが、人工衛星上でX線マイクロカロリメータの動作を世界で初めて実証し、今後につながる大きな成果が得られました。本記事では画期的な性能を持っていたXRSのセンサと冷却装置についてお話しします。



1. X線のエネルギーを温度上昇として計る −XRSの動作原理−


 X線マイクロカロリメータでは非常にユニークな方法でX線を検出しています。X線光子がセンサで吸収されると、吸収されたX線光子のエネルギーに応じて素子の温度が少しだけ上昇します。X線マイクロカロリメータではその温度上昇を正確に測定することで、入射したX線光子一つ一つのエネルギーを求めているのです(図1左)。ただし、温度上昇はごくわずかなので、普通の方法ではわかりません。どうするかというと、センサの温度を極低温に冷やすのです。そうすることによって、温度変化が相対的に大きくなります。XRSの場合にはセンサの温度を絶対温度0.06度(K)にまで冷却します。もちろん、温度計も感度の高いものが必要です。

 実際のセンサはシリコン基板を加工して製作します。XRSではセンサ部分をシリコンの細い梁で支える構造にしています(図1中)。これにより、X線光子を吸収した際にセンサ部分の温度だけが上昇し、やがて梁を通ってその熱が逃げることにより元の温度に戻ります。温度計はセンサ部のシリコンにリンとホウ素を不純物として打ちこんで製作します。打ちこみ量を絶妙の値に設定することで、0.06K付近で感度の高い温度計を実現するのです。さらに、X線を吸収するための「X線吸収体」をセンサ接着剤で貼付けます(図1右)。大きさ約0.6mm四方、厚み8μmのX線吸収体を15μm間隔で貼付けていくのはまさに職人技です。



1:(左)X線マイクロカロリメータの模式図。X線光子がX線吸収体で吸収された際の温度上昇を高感度温度計で計測しエネルギーを求める。吸収した光子のエネルギー(熱)はある時間たつと熱浴に逃げていく。(中)XRSの1素子の写真。シリコン基板を加工して、細長い梁でX線検出部を支える構造を作っている。温度計部分には不純物が打ちこまれている。(右)XRSセンサの写真。XRSは6×6のアレイで、36個のX線吸収体がそれぞれの温度計に貼付けられている。受光部分の1辺は3.8 mm。



2. センサを絶対温度0.06度に冷やす −XRSの冷却装置−


 XRSではセンサを0.06Kにまで冷却するために、液体ヘリウムと断熱消磁冷凍機を使用しています。さらに、液体ヘリウムの寿命を延ばすために、固体ネオンと機械式冷凍機も採用しました(図2左)。

 ヘリウムはすべての元素の中でもっとも沸点が低い元素です。1気圧下では4.2Kで液化しますが、真空ポンプでヘリウムを引くことでさらに温度を下げることができます。宇宙空間は非常によい真空ポンプですから、これを利用することによって液体ヘリウムの温度は1.3K程度にまで冷却され、その状態で少しずつ蒸発していきます。断熱消磁冷凍機はこの温度からスタートしてさらに低温を作り出します。超伝導磁石を使って磁性体に数テスラの強い磁場をかけて磁性体を磁化させ、次に外部との熱のやりとりを断った状態で磁場を弱めます。そうすると磁性体の磁化がなくなり、その際に熱を吸って磁性体の温度が下がります。大学の熱力学の教科書に出てくる断熱消磁冷却の原理が、そのまま宇宙用の極低温冷凍機として応用されているのです。

 液体ヘリウムは数Kの極低温を必要とする人工衛星(「すざく」や「あかり」等)で広く使われていますが、液体ヘリウムが徐々に蒸発してなくなってしまうとそこで低温が維持できなくなり、その装置を使った観測が終了してしまいます。したがって液体ヘリウムの寿命を極力のばすことが重要です。一つの方法は大量の液体ヘリウムを持っていくことで、もう一つの方法はヘリウムの蒸発量を減らしてヘリウムの量は少なくてもそれを長持ちさせる方法です。すざくではヘリウム容器のまわりを固体ネオンで覆って保護し、さらにその外側を機械式冷凍機で冷却することで、わずか30リットル強の液体ヘリウムを3年以上持たせることを目指していました。


2:(左) XRS冷却装置の内部の様子。写真中央にセンサが入ったケースがあり、断熱消磁冷凍機と液体ヘリウム容器はその下にある(写真では見えない)。その周囲にあるビニルシートでカバーされているところが固体ネオン容器。(右)ネオン転送の様子。写真左がXRS冷却装置で、右後方に見えるパイプがネオン転送管。手前は冷却用のヘリウム配管。


 ネオンは1気圧下では27Kで液体に、24Kで固体になります。減圧すると温度はさらに下がり、17K程度になります。したがってヘリウムのまわりに固体ネオンを配置することによって17Kの温度で保護することができ、ヘリウム容器に流れ込む熱量を抑えることが可能になるのです。XRSで使用した固体ネオンの容量は約120リットル、重量にすると約200kgです。ところで、固体ネオンをどうやって容器の中に入れたのでしょうか。そもそもヘリウム同様、ネオンも日本ではほとんど採れません。すざくで使用したネオンはすべて、液体の状態でアメリカから輸入したものです。ちょうど液体ヘリウムを転送するようにネオン容器に液体ネオンを転送します(図2右)。次に、ネオン容器のまわりにある配管に液体ヘリウムを流し、これによってネオンの温度を徐々に下げて固化します。この作業にはまる1週間かかりました。ネオンはとても高価で、しかも固化するのに大変な手間と時間がかかるので、一度固化したネオンはそのまま封じきり、打ち上げまでその状態を維持します。その間約10か月。ほっておくとネオンは融けて容器からあふれてきますから、定期的に固体ネオンのまわりに液体ヘリウムを流して冷却するという作業を打ち上げまで続けました。



3. 最後の大仕事、「冷たいヘリウム」の充填


 1気圧下で液体ヘリウムを転送し、真空ポンプで引くと、温度が下がると同時にヘリウムの量も減ってしまいます。そこで打ち上げ直前に「トップオフ」呼ばれる、冷たいヘリウムの充填作業を行ないます。まずヘリウム容器を4.2Kの液体ヘリウムで満タンにし、容器を真空ポンプで引いて温度を下げます。この状態でヘリウムの量が半分くらい減ってしまいます。次に液体ヘリウムを供給する側の容器をやはり真空ポンプで引き、温度を下げます。そして冷たいヘリウムを転送するのです。この作業を何回か繰り返すことにより、ヘリウム容器を冷たいヘリウムで満たすことができます。この作業は打ち上げの前々日に、衛星がロケットの先端に乗っている状態で行なわれました。文字通り、打ち上げ直前の最後の大仕事です。



以上、XRSのセンサと冷却装置について見てきました。打ち上げ後、センサは無事に0.06Kまで冷却され、試験用の放射線源を使って所期の性能を達成していることも確認できました。しかしながら観測開始には至らなかったことは最初に述べた通りです。X線マイクロカロリメータによる観測は次期X線天文衛星NEXTに持ち越されました。不具合発生原因も徹底的に究明され、XRSで得られた様々な教訓がNEXT衛星に反映されます。機械式冷凍機の進歩に伴い、NEXT衛星では固体ネオンが機械式冷凍機に置き換わり、液体ヘリウムは使用するもののその寿命は大幅にのびる予定です。次の機会にはぜひ、NEXT衛星による観測成果について報告させて頂きたいと思います!